鈴木淳也のPay Attention
第248回
「リボ払い」は邪悪なのか “応援クレカ”騒動にみる誤解
2025年6月13日 10:10
各種報道に出ているが、Fintech企業のナッジ(Nudge)が6月5日に発行を開始した人気声優を応援する公式クレジットカードが批判を浴び、その2日後に申し込みの受付終了とそれに伴うクラブ閉鎖、カード発行手数料の返金が発表された。声優本人も体調不良による活動休止へと追い込まれるなど、大きな影響を残す形となった。
ナッジは「推し活」をキーワードにさまざまなクレジットカードをこれまでにも発行している。ジャンルもアーティストやスポーツ選手といった人物を対象としたものから、特定の団体や活動への社会貢献まで幅広い。
その特徴は、クレジットカードの利用金額の一部が対象となる人物や団体に還元される仕組みで、カードを使えば使うほど対象を応援することにつながる「推し活」をプッシュしている点だ。シンプルに相手の活動(例えば故郷への植樹活動など)への直接的な支援になるものもあれば、今回のように応援で利用金額が一定に達することで、声優が自分の名前で呼んでくれる特典が得られるなどのメリットがある。つまり、今回の公式クレジットカードは数多ある「応援」カードのあくまで1つという位置付けだ。
ネットでの炎上に関連してさまざまな意見があると思うが、その中で見かけた数々のコメントにおいて、“決済”の分野で活動する者として「搾取カード」「“邪悪”なリボ専用カード」といったキーワードがたびたび散見され、誤解や明らかに間違った言説が流布されている現象は看過できず、今回記事の形で改めて触れたいと思う。
特に「リボ払い」に関しては業界内の専門家を自称する人でも間違っていたり、かなり偏った認識を持っている方々も少なくない印象で、戒めも込めて整理しておきたい。
そもそも「リボ専用カード」という誤解
「リボ払い」についての詳細は後で触れるが、今回の公式クレジットカードへのコメントで頻出していた「リボ専用カード」という表現について。
まず、ナッジのクレジットカードは「リボ専用カード」ではない。公式サイトでも説明があるが、ナッジのカードには「いつでも好きなだけ返済」と「月1回おまとめ払い」の2種類の返済方法があり、いずれかを選べるようになっている。ナッジの返済は「利用確定日の翌々月1日から手数料(利息)が発生するため、翌月末日までに返済すれば手数料は発生しない」というシステムになっているが、「月1回おまとめ払い」の場合は利用確定日の翌月末に登録(口座振替)済みの銀行口座から利用額を一括して引き落とすため、いわゆる一般的なクレジットカードの翌月一括払い(マンスリークリア)に相当する。
一方の「いつでも好きなだけ返済」は、自分の好きなタイミングで好きな金額だけ返済することが可能な仕組み。利用確定日の翌月末までに返済すれば手数料は発生しないため、利用後すぐに返済してもいいし、例えばアルバイトなどで給料日が分散している場合など、手元に資金が入るタイミングで逐次返済してもいい。
ただし、翌々月1日を過ぎると手数料が以後は日割りで発生していく。返済しなければ手数料は増え続けるため、可能な限り早く返済することが求められる。ナッジでは利用状況や限度額、手数料などがアプリで逐次確認できるようになっているが、この手数料発生や返済に関する案内は毎回プッシュ通知が来るようになっており、ナッジ側でも早めの返済を促していることが分かる。
ここがよくある誤解だが、「リボ専用カード」という表現を聞くと、クレジットカードの毎月の返済額が決められており(あるいは利用者が金額を指定)、それをはみ出た利用金額は自動的に翌月に繰り越されるため、必ず手数料(利息)が発生する。この条件を知らずに使い、気が付いたら返済残高が溜まって、手数料が高くなるといった話があるため、「リボは邪悪」と考えている人も少なくないだろう。
一方でリボ利用で還元特典があったり、カード年会費が無料になるなどの条件が設定されていることもあり、必ずしも利用者の不利になるとも限らない点にも留意したい。
ただし、ここまで説明したようにナッジのカードは一般的に認識される「リボ専用カード」とは異なっており、支払いを引き延ばして手数料を稼ぐというよりも、早期返済を促す仕掛けがメインとなっているといっていい。
実際、ナッジ利用者の声として「(翌月末の引き落としを待たずに)すぐに返済できるので安心して使える」といったものがある。この早期返済システムについて利用状況を質問したところ「通常より早く返す人が極めて多い」(ナッジ)とのことで、比較的健全に利用されている状況が見てとれる。
ただ、それでも「ナッジ自身が『リボルビング払い専用のカード』と言っているじゃないか」と反論する人もいるだろう。実際、同社のカード規約の第7条には下記のように「リボルビング払い専用のカード」との表現がある。
第7条(カード利用可能枠)1. 当社が発行するカードは、本会員によるショッピング利用に限定された、リボルビング払い専用のカードです。カードの利用可能枠は、当社が審査の上決定した金額とします。
同件についてナッジに問い合わせたところ、下記のような回答を得た。
『本会員によるショッピング利用に限定された、リボルビング払い専用のカードです。』という表現は、銀行口座を登録せずにご利用されるお客さまを想定し、より保守的な表現を採用しています。サービス開始当初はセブン銀行ATMでのご返済のみ提供しており、後に口座自動引落しを追加しましたが、当初規約を踏襲する形で現在も同表現を掲載しています
ナッジではサービス開始当初、前述の「いつでも好きなだけ返済」のみに対応しており、後に銀行口座を紐付けての(口座振替)翌月一括払いが可能になる「月1回おまとめ払い」の機能が追加されたため、その名残がカード規約に残っているというわけだ。
ただ、現在でもナッジのカードそのものは銀行口座の紐付けに関係なく申し込み、そのまま利用を開始できるようになっているため、“デフォルト”の設定は「いつでも好きなだけ返済」となっている。後に銀行口座を紐付けることで自動的に「月1回おまとめ払い」へと移行し、“リボ払い”ではなく一般的な翌月一括払いのクレジットカードと同様の機能を持つようになる。
批判の中に「“デフォルト”が“リボ払い”」というものも見受けられたが、この表現は正しくもあり、一方で発言者が意図する内容とは異なっていると筆者は考える。
クレカの利用金額で得られる特典は使い過ぎを助長するのか
次にナッジのビジネスモデルと、今回の炎上の一因とされた“特典”の部分に触れたい。
ナッジでは、“累積”の利用金額によって特典を得られる仕掛けになっている。特典の内容は「推し活」の対象とする“クラブ”によって異なり、カードの図柄と合わせてナッジの商品としての性質を形作るものだ。
冒頭で例として挙げたので、ここでも「広島Nudgeの森」を参考に説明するが、この「広島Nudgeの森」クラブの設立にあたり、食品会社のカルビーと広島市を地元とするプロバスケットボールチームの広島ドラゴンフライズが協賛しており、特典に2社からの提供品が含まれている。ちなみに、カルビーは広島を出自とする企業であり、瀬戸内海産の海老を使った「かっぱえびせん」がヒット商品となり全国区で知られるようになったりと、広島とは非常に縁が深かったりする。
カルビーのお楽しみパックは先着100名だったりするものの、注意書きにもあるように基本的には特典に「期限がない」ため、各々のペースでクレカの利用実績を作って“返礼品”を貰えるようになっている。この「広島Nudgeの森」そのものは本来社会貢献をメインとしたクラブのため、どちらかといえば「参加者全員の貢献によってどれだけの本数の木が現地に還元されたのか」を実感できる部分の方が大きいだろう。アーティストや他の団体を支援するクラブも同様で、各々の活動を日々のクレカ利用で支援しつつ、あるタイミングでその“返礼品”を貰えるというのが基本的な流れだ。
さて、こうした仕組みは、いわゆるネット配信者への“投げ銭”や、CDなどの物販品の購入による投票システムなどとは異なる。そもそもクレジットカードで支払った金額がそのまま直接還元されるわけでもなく、特定期間に大量にクレジットカードを利用したからといって何かが有利になるわけでもない。あくまで“累積”の利用金額によって、それに応じた特典が順番に“返礼品”としてもらえるだけだ。
今回のケースでいえば、150万円相当の利用金額で声優に個人名を呼んでもらえるというのが1つの目玉だったようだが、別に急いで150万円を使う必要はなく、1年でも2年でも時間をかけて目標金額に達すればその時点で特典は得られる。
考えてみてほしいが、仮に月に10万円程度の生活費の支払いをクレジットカードで行なうだけで、1年ちょっとで目標金額に達する。自分の普段の行動を振り返って、現金で支払っていたものや、他の決済手段やクレジットカードで行なっていた支払いをナッジの当該カードで行なうだけで、どれだけの支払額になるだろうか?
多くの人は、7~10万円程度の月額利用額には達すると思われ、そこまで難しい条件ではないと筆者は考える。そもそも使い過ぎがないように月額の利用限度額があり(ナッジの場合は基本的に10万円+αのスタート)、CICのような信用機関のスコアも参考に与信が行なわれている。
支払いが遅れそうな場合には、前述のようにプッシュ通知込みでたびたび催促されるため、「クレジットカードは使い過ぎが心配」と考える人にはちょうどいい練習台ともいえる。
また「クレジットカードを使って貢献」という仕組みだが、これは他のカード会社でいう「ポイント還元」の仕組みが利用されている。
通常、クレジットカードを小売店(加盟店)で使うと、アクワイアラからイシュア(カード会社)に対してインターチェンジフィー(IRF)が支払われる。これがカード会社の利益となるが、いわゆるポイント還元の原資は多くの場合、このIRFが割り当てられる。
日本のカード決済手数料が高い原因の1つでもあるが、一方でこれを止めにくい経済循環ができてしまっており、現状でポイント還元はほぼ必須の仕組みといえる。ナッジの各“クラブ”への還元は他社でいうこのポイント還元の原資が割り当てられており、同時にIRFの残りが同社の利益にもなっている。
先ほど「ナッジはリボ払いで手数料(利息)を得るよりも早期返済を優先する」と触れたが、会社の利益そのものはこのIRFで得られており、むしろ“貸し倒れリスク”を助長しかねない「リボ払いの増加による手数料収入増」は体力の弱いFintechスタートアップにはマイナス要因だとナッジは捉えていると考えていいだろう。
リボ払いは本当に“悪”なのか
筆者がクレジットカード関連の記事や各種のアドバイスを見かけたとき、たびたび目にするのが「リボ払いは絶対に駄目」といったリボ払いを毛嫌いする風潮だ。
もちろん、ユーザーに分かりにくい形でリボ払いの設定が勝手に行なわれていたり、一括返済の仕組みもなく、気が付いたら返済残高が大量に溜まっていたという話は多い。実際、クレジットカードでもリボ払いにまつわるトラブルや苦情が消費者センターに持ち込まれるケースは少なくなく、いろいろな面であまりいい商慣習とはなっていないのも事実。一般には明細をよくチェックしていれば必ず表記があるため、利用者側の落ち度でもあるのだが、カード会社側の告知不足や利用者への教育などが不十分であり、日本における比較的健全なリボ払いの土壌が育っていないようにも思える。
本来の意味での「リボルビング払い」だが、もともとはクレジットカードにおける支払いの柔軟性(Liquidity)を高めるための仕組みであり、無理矢理手数料を請求する仕組みというわけではない。
あまり適当な例を見つけられなかったが、例えばCapitalOneの「Revolving Credit」の解説記事あたりを参考にしてみる。クレジットカードでは一般に返済能力に応じて与信が行なわれ、その範囲内での“クレジット”による買い物やキャッシングが可能になる。ただ、このままでは与信の限度額に達した段階で“クレジット”は利用不可能になるため、返済を行なうことで与信枠を復活させ、再び上限に達するまで“クレジット”での買い物やキャッシングが可能になる。
つまり、“借金”と“返済”を上手く交互に活用することで、与信枠内で自由にお金を動かせるこの仕組みこそが「Revolving Credit」となる。Revolvingとは「循環」を意味する言葉であり、これが本来の役割といえる。つまり、「ミニマムペイメント」や「繰り越し手数料」といった概念はあくまで最低限の“信用”を維持するための予備的なものであり、重要なのは枠内での柔軟性(Liquidity)となる。
さて、クレジットカードで翌月一括払いが一般的なのはあくまで日本国内の話で、諸外国でのクレジットカードは“リボ払い”方式が標準となっている。与信の枠内で買い物を行ない、それを期日内に返済することで手数料(利息)の発生を防げる。もし期限内に返済できなかった場合、あらかじめ設定されたミニマムペイメントの枠で毎月など一定期間ごとに強制的な支払いが発生するといった仕組みだ。
この「海外ではリボ払いが一般的」という話は、Apple Cardの存在で知ったという人もいるだろう。少し前までの米国であれば、残りの限度額を素早く把握することも難しかっただろうし、返済についても小切手に必要金額を書いてカード会社に送ったりと、面倒な手続きが必要だったものが、Apple Cardの長所はiPhoneで利用状況をリアルタイムで確認でき、iPhoneの端末上で銀行口座から返済がすぐ行なえたりと、“リボ払い”にまつわる各種の面倒を分かりやすい画面で簡素化した点にある。
リボ払いの特徴として、利用者が受け身である限りは手数料が発生して“高く”つく可能性があるが、能動的に動くことで手数料の支払いもない(あるいは最低限の)状態で済み、限度額もすぐに復活できるため次の買い物が容易になる。これをシンプルで誰にでも使える形で実装したのがモバイルアプリであり、ある意味でリボ払いはモバイル時代にこそ輝く存在だと言えるかもしれない。すべては使い手しだいというわけだ。
世の中に理不尽や悪意のある無邪気は数多はびこっているが、いわれのない中傷や間違った言説で曲げられて良しとすべきでないものがある。ビジネスをあるべき姿に育てていくために、きちんと理解してもらうことが大事だと筆者は考える。